こんにちは、詰みかけワーママの つきこ です。 市役所でフルタイム勤務をしながら、小学5年生と4歳の娘を育てています。
今日は少し、真面目な「キャリアと老い」のお話を。 新卒から市役所に勤めて約15年。中堅と呼ばれる年齢になり、ふと組織を見渡したとき、私はある「構造的な残酷さ」に気づいてしまいました。
「尊敬していた上司たちは、どこへ行ってしまったのか?」

かつてはスマートに答えを示してくれた上司の多くが、今ではマネジメントを放棄し、最低限の作業だけをこなし、若手を古い価値観に押し込めています。その姿を見て私が感じたのは、怒りよりも「恐怖」でした。
これは個人の資質の問題ではなく、「加齢により誰もが辿る構造」ではないか――?

この絶望を言語化して整理し、私なりの最適解を模索したので共有します。
誰もが通る「ピークアウト」という構造的絶望
かつて輝いて見えた上司が「怠惰」に見えてしまうのは、40歳前後を境に多くの人が生物的なピークアウトを迎えることが原因だと整理しました。
ピークアウトによる主な影響
地方の役所という年功序列の組織では、幹部の多くが同年代。アップデートされない古い価値観でも、組織内でまかり通ってしまいます。

私も加齢と共に同じ轍を踏む。

自分の居心地を良くするために、組織の停滞要因になっていくのだろう。
加齢により思考が停止し、目の前の問題すら理解できなくなった自分を想像すると、将来を悲観せずにはいられませんでした。
「何でもできる今」なのに、「何にもできない」ジレンマ
さらに私を追い詰めるのは、今まさに自分が「能力のピーク」にいるという自覚と、現実とのギャップでした。
能力のピークと現実とのギャップ
「子育てがひと段落するまでの辛抱だよ」と言われることもあります。でも、そのとき私はもうピークアウトしているのです。 全力で走りたくても、走れる自分も時代も過ぎ去っているかもしれない。

この焦燥感は、一生懸命に生きてきたからこそ感じる「詰み」の状態でした。
最適解は、自分をアップデートし続ける「外部の風」を歓迎すること
しかし、能力のピークと現実とのギャップがあったからこそ、一つの希望を見つけました。

もし私が「仕事」という視点だけで世界を見ていたら、私はもっと傲慢に、狭い組織での成功体験だけを根拠にガチガチの固定概念を形成していたかも?
私にとって、年を重ねても価値観をアップデートし続けられる最適解は、「自分とは異なる価値観(外部の風)に強制的に揺さぶられる環境」を笑って面白がり続けることだと考えます。
私の場合は、それがたまたま「子供」という存在でした。
娘たちが私にもたらしたもの
娘たちの存在は、私を一世代前の成功体験に安住させてはくれません。 現在進行形で翻弄され続けていますが、子供の成長に合わせて価値観を変えて乗り越えていく過程も楽しませてもらっています。
仕事に全力投入できない今の「もどかしい時間」は、実は自分が小さな価値観に閉じこもらないための、大切な「アップデート期間」なのだと捉え直すことにしました。

奥義、プラス返し180度!
中年の生存戦略は「しなやかに降りる」準備
上司と同じ轍を踏まないために、私が今できる生存戦略をまとめました。
中年の生存戦略
能力のピークを過ぎても、生活のために仕事は辞められません。 ならば、せめて古い価値観を押し付けて若手の可能性を潰し、彼らを絶望させる存在にだけはなりたくない!

かつての私を導いてくれた上司のような輝きは失ったとしても、「新しい価値観を面白がれる、しなやかな中堅」でありたい!
「自分はいつか古くなる」と知っている。自由に動けない環境だからこそ、この大切な事実に気づけたように感じます。
答えは「ミドルエイジ・クライシス」の中にあった
一定の整理ができたと思った私のこの悩み。調べてみたら、「ミドルエイジ・クライシス(中年の危機)」という名がついていました。 40〜50代の約8割が経験する、「第二の思春期」だそうです。
ミドルエイジ・クライシス:40〜50代に将来やキャリアへの不安、身体的変化から生じる心理的な葛藤。人生の折り返し地点での自己再評価に伴う、焦燥感やうつ状態などを指す。
「第二の思春期」……なんだかこそばゆい響きです。検索すると、色々なブログがヒットしました。 世の中には、この危機を乗り越えるための知恵がたくさん溢れている!

先人たちの考え方を少しずつ取り入れながら、私なりの「しなやかな中堅」を目指していきたいと思います。


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